コラム

2006.7.21

落語で知る大事なこと

先日読んだビジネス書の中に落語の話が、載っていました。落語は、最近聞くことがないので、忘れていましたが、日本の芸能の中で、伝統があり、わかりやすく、とても教養のある楽しみだと思いました。
落語には、人を笑わせるお話や、泣かせる人情話しなどがあります。昔の江戸っ子が出てくるお話や、そして、みんな貧乏なんですが、とても楽しく、その時代の暮らし方、考え方がわかるようなお話が、なぜか、心をほのぼのとさせてくれます。
落語の「井戸の茶碗」というお話しでは、正直者の清兵衛というクズ屋さんが、長屋に住む、貧乏な浪人親子から仏像を買い取り、ほとんど自分の利益を乗せずに、転売します。そして、その買い手の細川藩士、高木作衛門が、その仏像を磨いていると、なんと中から五十両もの大金が、出てきます。さあ大変!ということになりましたが、売り手の浪人も、買い手の藩士の作衛門さんも「自分が、その金を受け取るわけには行かない」と言って大騒ぎになります。
 ...ということですが、通常、自分で購入したものですから、お金が入っていると、「しましめ、儲かった」とばかり、自分の物にしてしまうところですが、落語では、そのお金よりも、もっと大事なことを教えてくれます。

そして、落語のお話しの続きは、結局、売り手に二十両、買い手に二十両、そして、仲介者の清兵衛さんには、十両といことにし、そしてまた、今回の事件を決着するために、一番頑固な売り手の浪人が、普段いつも使っている汚い茶碗を藩士の細川様に買ってもらったという形をとって、一件落着します。
ところが、今度は、その茶碗が、実は、「井戸の茶碗」という名器だとういうことが判明し、その藩士のお殿様が、その汚い茶碗を なんと三百両で、お買い上げになるというお噺です。

最近、「拝金主義」とか、お金のため、金儲けのため、などと、とにかくお金の方が、まず先に来てしまう最近の世の中ですが、この落語の世界では、汗水たらさないお金、訳のわからないお金は、いただけないと言う事になります。

最後にこの三百両を誰が、受け取るかということですが、その茶碗の持ち主の浪人の娘(掃き溜めに鶴と言われている)を正直者の藩士、作衛門が、嫁にもらうということで、三百両の支度金を受け取り、めでたしめでたしということになるそうです。そして、最後に仲介者の清兵衛が、藩士の作衛門に「このお嬢さんは、磨けば大変なものになりますよ」というと、「いや、磨くのは、やめとこう、また、大金が出ると困る・・・」という、落ちでした。
何事も、磨けば、光ります。自分を磨きましょう。

by 村上直樹